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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)23号 判決

原告 日本コロムビア株式会社

右代表者代表取締役 正坊地隆美

右訴訟代理人弁理士 山口和美

被告 特許庁長官 志賀学

右指定代理人 通商産業技官 川添不美雄

〈ほか一名〉

同 通商産業事務官神田正紀

主文

特許庁が昭和五一年審判第三二一三号事件について昭和五五年一二月一日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

1  原告は、昭和四六年七月一三日、意匠に係る物品を「レコードプレーヤ」(後に「レコードプレーヤー用ターンテーブル」と補正。)として別紙(一)の図面代用写真及び図面記載のとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)につき、意匠登録出願(昭和四六年意匠登録願第二五〇六二号)をしたが、昭和五〇年一二月二四日、一意匠全体を現わす一物品の出願とは認められないとする拒絶査定があった。

そこで、原告は、昭和五一年四月三日審判を請求し、昭和五一年審判第三二一三号事件として審理されたが、昭和五二年四月一九日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があったので、原告が同年六月二四日右審決の取消訴訟を提起した(東京高等裁判所昭和五二年(行ケ)第一二一号)結果、昭和五三年七月二六日、右審決を取消す旨の判決がなされ、その確定によって特許庁の審理に戻された。

2  その後、審判手続において、本願意匠は、意匠法第三条第一項第三号所定の意匠に該当するとの拒絶理由の通知があり、続いて昭和五五年一二月一日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は同月一七日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要旨

1  本願意匠は、願書の記載及び願書に添附した図面代用写真及び図面により現わされたもの等の全体から、意匠に係る物品を「レコードプレーヤー用ターンテーブル」とし、意匠に係る形態を次に示すとおりの構成態様にしたものと認められる。

すなわち、その意匠に係る形態は、レコード回転盤枠(以下、単に「回転盤枠」という。)の頂面内にレコード回転盤(以下、単に「回転盤」という。)を設けてレコードプレーヤー用ターンテーブルとしたものであり、まず、全体の基本的構成態様について、回転盤枠は、その周胴面が傾斜面状となるよう基本形状を扁平円錐台環状に形成したものとし、その前面側を操作部にしたものとしている。また、回転盤は、基本形状を円盤状にしたものとしている。次に、構成各部の具体的な態様について、回転盤枠の周胴面は、操作部の周辺が後面側よりもわずかに幅広となるよう偏心扁平円錐台環状に形成したものとしており、前面側の操作部には、幅を回転盤枠の周胴面周縁のほぼ四分の一にし、高さを回転盤枠の高さよりもわずかに低くした細長扇面形状のパネルを設け、その面内中央には、横長方形窓状のストロボスコープを現わし、その左側に台形板状のスピード切換スイッチ三個を連続して設け、やや間隔をおいて、左側縁寄りに台形板状の電源スイッチ一個を設けたものとしている。また、ストロボスコープの右側上方に小円柱状の速度微調選択ボタンを設けたものとしている。回転盤は、上面に基本形状を円板状とし、その上面側に細線複数本による帯条線四本を同心円状で、その各幅が内側から外側へ向って順次細幅となる波紋状に構成し、また、中心側の円状の帯条線内には、細幅条線六本を等間隔放射状に構成した図柄を現わした回転盤シートを設けたものとしている。その他、回転盤枠の底面には、中央に軸孔を形成した円板状の底板を設けたものとしている。

2  これに対し、審判手続において拒絶の理由として引用した意匠は、昭和四六年二月一二日発行の意匠公報(別紙(二)のとおり。)に掲載された意匠に係る物品を「レコードプレーヤー」とする登録第三一七八六六号の類似第一号意匠に装着されている、意匠に係る物品を「レコードプレーヤー用ターンテーブル」とする意匠(以下「引用意匠」という。)であって、右意匠公報掲載の説明及び図面等の記載全体から、意匠に係る形態を次に示すとおりの態様にしたものと認められる。

すなわち、その意匠に係る形態は、レコード回転盤枠(以下、単に「回転盤枠」という。)の頂面内にレコード回転盤(以下、単に「回転盤」という。)を設けてレコードプレーヤー用ターンテーブルとしたものであり、まず、全体の基本的構成態様について、回転盤枠は、その周胴面が傾斜面状となるよう基本形状を扁平円錐台環状に形成したものとし、その前面側を操作部にしたものとしている。また、回転盤は、基本形状を円盤状にしたものとしている。次に、構成各部の具体的な態様について、回転盤枠の周胴面は、同幅の扁平円錐台環状に形成したものとしており、その前面側の操作部は、中央に横長方形窓状のストロボスコープを現わし、その両側に、下方を環状とし、その中央に小円柱状の突起を形成した同形のダイヤルつまみ四個を左右対称状に設けて、スピード切換スイッチ及び電源スイッチ等にしたものとしている。回転盤は、上面に基本形状を円板状とし、その上面側に細線複数本による細幅条線六本を等間隔放射状にした図柄を現わした回転盤シートを設けたものとしている。

3  両意匠を比較検討するに、両意匠は、意匠に係る物品が一致しており、意匠に係る形態についても、全体の基本的構成態様が一致しているものと認められる。また、構成各部の具体的な態様のうち、操作部について、前面側の中央に横長方形窓状のストロボスコープを現わしている点、その両側に、スピード切換スイッチ、電源スイッチ、速度微調選択ボタン等の操作部品を設けたものとしている点、また、回転盤シートの上面側について、細幅条線六本によって構成した図柄を現わしたものとしている点等において共通する。

しかしながら、両意匠は、構成各部の具体的な態様のうち、まず、回転盤枠の周胴面について、本願意匠は、操作部の周辺が後面側よりもわずかに幅広となるよう偏心扁平円錐台環状に形成したものであるのに対し、引用意匠は、同幅の扁平円錐台環状に形成したものとしている点に差異が認められ、また、前面側の操作部について、本願意匠は細長扇面形状のパネルを設けているのに対し、引用意匠は、パネルを設けていない点、更に、スイッチ等について、本願意匠は、ストロボスコープの左側に台形板状のスピード切換スイッチ三個と台形板状の電源スイッチ一個を設け、また、右側上方に小円柱状の速度微調選択ボタン等を設けたものとしているのに対し、引用意匠は、ストロボスコープの両側に、下方を環状とし、その中央に小円柱状の突起を形成したダイヤルつまみ四個を対称状に設けてスピード切換スイッチ及び電源スイッチ等としている点に差異が認められる。また、回転盤シートの上面側の図柄について、本願意匠は、細源線複数本による帯条線四本を前記のとおり構成したものとしているのに対し、引用意匠は、前記のとおり構成したものとしている点で差異が認められ、その他、底板について差異が認められる。

ところで、この種の意匠について調査するに、この種の意匠の分野においては、本願意匠の意匠登録出願前、意匠に係る形態について、全体の基本的構成態様を本願意匠のとおりにしたものは、引用意匠が最初のものであった。そして、この種の意匠を創作する場合や意匠に係る物品を実施する場合等において、構成各部のうち、回転盤枠の周胴面の高さや傾斜角度、操作部に設けたパネルの形状、操作つまみや操作レバーの形状やそれらの数、回転盤シートの上面側の図柄等の具体的な態様につき、それらの一部又は一部分の形状やそれらの構成等を、この種の意匠の分野において普遍化していた態様のものに変形又は変更すること、また、基本的な形状又は構成等を変更したと認められない範囲のものに部分的に変形又は変更する等の改変をしたものにすることは、本願意匠の意匠登録出願前既に常識化しており、既存の意匠に係る形態の構成各部に基づき、それらを前記の範囲内のものに改変した意匠は、既存の意匠に類似するもの又は既存の意匠に基づき容易に創作することができたものとされていた。しかしながら、既存の意匠に係る形態の構成各部につき、それぞれの形状やそれらの構成比等を著しく変形又は変更する等の改変をした結果、既存のものとは、構成各部における基本形状やそれらによって構成した全体の基本的構成態様を変更したと認められるもの又は全体の具体的な態様において著しい差異があると認められるもの等については、その改変をした点に創作があったものとされて意匠登録を受けていた。してみると、この種の意匠における創作の要部は、意匠に係る形態の構成各部のうち、回転盤枠や操作部等につき、その形状、構成比率及びそれらの構成等の具体的な態様について、既存のものとは基本的な差異があると認められるものに改変することであり、その結果、全体の基本的構成態様を変更したと認められるものにすることから、全体の具体的な態様を著しく変更したと認められるものにすること等であり、それらの各点は、この種の意匠の要部とされていた。

以上の具体的な各事実を前提にして、両意匠を全体として考察するに、両意匠における前記の各差異点は、いずれもこの種の意匠の要部における差異と認められるものである。しかしながら、それらの差異点のうち、回転盤枠の周胴面における差異は、本願意匠が引用意匠の一構成部である周胴面の形状について、この種の意匠を創作する場合や意匠に係る物品を実施する場合において常識化していたことに基づき、わずかに偏心状に改変をした結果生じた差異にすぎないと認められるものであり、その差異は、引用意匠の周胴面の基本形状を変更したと認められるほどの著しいものではなく、また、前面側の操作部について、パネルの有無、スピート切換スイッチ及び電源スイッチ等における差異は、本願意匠が引用意匠の一構成部のうちの一部分にすぎない操作部の態様について、前記の常識化していたことに基づき、それぞれ普遍化していた態様の範囲内のものに改変をした結果生じた差異にすぎないものと認められるものであって、いずれも部分的な差異にすぎないものと認められる。一方、前記の両意匠における一致点及び共通点は、引用意匠が意匠に係る形態の構成各部のうち、回転盤枠について、周胴面が傾斜面状となる扁平円錐台環状とし、その前面側の面内を操作部とした点において、その意匠登録出願前の意匠と基本的な差異があるものと認められ、更に、それらによって構成した全体の具体的な態様において一定の差異があると認められて意匠登録を受けた点であり、結局、この種の意匠の要部において、前記のとおり各差異点が認められるものであっても、その差異は、引用意匠における全体の具体的な態様につき、著しく改変をしたと認められるほどのものではなく、引用意匠と、意匠に係る物品及び意匠に係る形態において、前記のとおり一致点及び共通点が認められる本願意匠は、全体として引用意匠に類似するものである。

4  したがって、本願意匠は、意匠法第三条第一項第三号に規定した意匠に該当するものであるから、意匠登録をすることができない。

三  本件審決を取消すべき事由

本件審決は、次の1のとおり、引用意匠を意匠法第三条第一項第二号所定の刊行物記載の意匠とし(、その結果同第三号を適用し)た点において誤りがあり、また、2のとおり、本願意匠と引用意匠の類否の認定、判断において誤りがあり、これらの誤りは、いずれも本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、本件審決は違法として取消されねばならない。

1  (引用意匠をもって意匠法第三条第一項第二号所定の意匠とした点について)

被告は、昭和四六年二月一二日発行の意匠公報に掲載された意匠に係る物品を「レコードプレーヤー」とする登録第三一七八六六号類似第一号意匠(以下「本件公報掲載の意匠」という。)の物品であるレコードプレーヤーと、引用意匠の物品であるレコードプレーヤー用ターンテーブル(以下、便宜「ターンテーブル」という。)とは、互いに非類似の物品であると主張するところ(ただし、原告は、互いに類似物品であると主張するものである。)、ある物品の意匠から、その物品の構成部品ではあるが、その物品とは非類似の物品の意匠を抽出し、意匠法第三条第一項第二号所定の刊行物記載の意匠とすることは許されないから、本件審決が、意匠に係る物品を「レコードプレーヤー」とする本件公報掲載の意匠から意匠に係る物品を「ターンテーブル」とする引用意匠を抽出して右刊行物記載の意匠とし、その結果、本願意匠は引用意匠に類似するとして同第三号を適用したのは誤りである。

2  (本願意匠と引用意匠の類否について)

本願意匠は、以下のとおり、引用意匠に類似しないものであるから、本件審決が、本願意匠は全体として引用意匠に類似するものであるとしたのは誤りである。

(一) 本願意匠は、回転盤枠の頂面内に回転盤を設けてターンテーブルとしたものであり、基本的構成態様として、回転盤枠を偏心の扁平円錐台環状(正面から見れば台形状)とし、該回転盤枠の周胴面の前面(正面)側中央部に、その前面側のほとんどの部分を占める程度の、操作部を設けた鍔状のパネル部材を積載した(単に「設けた」ものではない。)ものである。そして、操作部としては、パネル部材の中央部に回転操作子を組込んだストロボ窓部を設け、その左側に縦長方形状(「台形板状」ではない。)のスピード切換(二個)及び停止(一個)の計三個のピアノスイッチ、更にその左方、左側縁寄りに少し間隔をあけて同一形状のピアノスイッチを設け、右側上部に、やや間隔をあけて小円柱状のボタンスイッチ一個を設けたものである。回転盤の上面(平面)は、中心部を無模様の小円とし、その小円の外側から周縁まで、同心円状の細線複数本からなる帯条線三本(「四本」ではない。)を、外側に向うほど細幅となるよう配設した回転盤シートを装着してなるものである。

これに対し、引用意匠は、回転盤枠の頂面上(「頂面内」ではない。)に回転盤を設けてターンテーブルとしたものであり、基本的構成態様として、回転盤枠を、周胴面の上段と下段とに各一本の横線を施すことにより中段部を段差状に突出させた扁平円錐台環状とし、その中段部の前面(正面)中央部を操作部としたものである。そして、操作部としては、中央に長方形状に打ち抜かれた小窓(「ストロボスコープ」ではない。)を設け、その両側に各二個の小円柱状の摘を左右対称に設けたものである。回転盤の上面(平面)は、中心部を無模様の小円とし、その小円の円周上から周縁に向かって放射状に、細線複数本からなる同一幅の細帯の帯条線六本を等間隔に施したものである(「回転盤シート」を装着したものではなく、回転盤そのものである。)。

(二) ところで、ターンテーブルの意匠の分野においては、回転盤枠の頂面に、中心部に小円を施した回転盤を装着したものからなり、回転盤枠を、周胴面が傾斜面となるよう扁平円錐台環状とし(このことを、以下「扁平円錐台環状の回転盤枠」ということがある。)、その周胴面の前面(正面)側中央部に、小円柱状等のスイッチ摘等からなる操作部を設けた(このことを、以下「周胴面前面の操作部」ということがある。)ものは、本件公報掲載の意匠の意匠登録出願前既に、ターンテーブルの機能からくるありふれた形状として知られていた(扁平円錐台環状の回転盤枠について《証拠省略》。周胴面前面の操作部について《証拠省略》)。

この点、本件審決が、全体の基本的構成態様を本願意匠のとおり(扁平円錐台環状の回転盤枠と周胴面前面の操作部)にしたものは、引用意匠が最初のものであったとしたのは誤りである。

(三) したがって、引用意匠は、右(二)のありふれた形状のうち、回転盤枠の周胴面の上段と下段とに各一本の横線を施すことにより中段部を段差状に突出させたことが新規な点であるというべきである。

このことは、本件公報掲載の意匠の本意匠(《証拠省略》)が周胴面に段差を現わしていること、同じ本意匠の他の類似意匠(《証拠省略》)が周胴面の下段を正方形(平面から見て)として段差をつけていることからも明らかである。

これに対し、本願意匠は、回転盤枠の周胴面を、引用意匠のように従来からありふれた同一幅の扁平円錐台環状ではなく、後面(背面)側が幅狭く急斜面で、前面(正面)側が幅広く長く鍔状に突出するようにゆるやかな斜面である偏心の扁平円錐台環状とし、かつ、引用意匠のように周胴面上に何も付加されていない操作部とは異なり、その周胴面の前面(正面)側中央部に操作部を設けた鍔状のパネル部材を積載したことが新規な点であり(特に、回転盤枠を偏心のものとした点は、回転性能の精度が強く要求されるターンテーブルにあって、本来敬遠されるべき偏心形状をあえて採用したものである。)、この点で引用意匠と顕著に相違する。

(四) 右本願意匠と引用意匠の相違点は、視覚的に最も強く看者に印象づけられ、かつ創作の主要部をなす点における相違であって、本願意匠の右「偏心」の扁平円錐台環状の回転盤枠及び操作部を設けたパネル部材が看者の注意を惹くため、両意匠を全体的に観察しても、著しく差異あるものと印象づけられるから、本願意匠は引用意匠に類似しないものというべきである。

なお、本願意匠の実施品(DP―五〇〇〇型デンオンターンテーブル)は、通商産業省選定の昭和四七年度グッドデザイン賞(Gマーク)を受けたものである。

第三被告の答弁

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(本件審決の理由の要旨)の各事実は認める。

二  請求の原因三の本件審判の取消事由についての主張は争う。

本件審決には、以下のとおり、原告主張の誤り、違法の点は存しない。

1  (引用意匠をもって意匠法第三条第一項第二号所定の意匠とした点について)

本件公報掲載の意匠の物品であるレコードプレーヤーと引用意匠の物品であるターンテーブル(レコードプレーヤー用ターンテーブル)とは、互いに非類似の物品であるが、ある物品の意匠から、その物品とは非類似の物品の意匠を抽出し、意匠法第三条第一項第二号所定の刊行物記載の意匠とすることは許されるものである。

なお、引用意匠は、本件公報掲載の意匠のうちの一部品における意匠であり、意匠に係る物品を「レコードプレーヤー(正確には、そのうち、完成品たるレコードプレーヤーの一部を構成する部品たる「モーター付ターンテーブル」)とする本件公報掲載の意匠のうちの一部分である「ターンテーブル」(部品たる回転盤枠内に部品たる回転盤を設けたもの)に係るものであって、本願意匠同様、モーター又はモーターカバーが装着されていないもの(ないしは分離されたもの)であり、そして、本件公報の記載全体からターンテーブルとしての全体の具体的な構成態様を認識できるものであるから、全体として前記刊行物記載の意匠として成立することは明らかである。

2  (本願意匠と引用意匠の類否について)

本願意匠は全体として引用意匠に類似するものであるとした本件審決に誤りはない。

(一) 本願意匠及び引用意匠の形態は、本件審決認定のとおりである(ただし、本件審決が引用意匠の操作部中のメーター表示窓をストロボスコープと認定したのは誤りであるが、著しい差異ではない。)。

(二) 回転盤の周胴面につき、基本形状を扁平円錐台環状にしたもの(《証拠省略》)、回転盤枠の周側面につき、基本形状を扁平四角錐台状とし、その前面側が後面側よりも幅広く長く突出するよう片寄らせて形成し、前面側(中央右側寄り)に操作部(四角錐台板状、小円柱状等のスイッチ、調節摘等からなる。)を設けたもの等が、それぞれ、本件公報掲載の意匠の意匠登録出願前既に、日本国内においてありふれた形状として知られていたことは肯認できるが、回転盤枠を、周胴面が傾斜面となるよう扁平円錐台環状とし、かつ、その周胴面の前面に操作部を設けたものは、原告提出の証拠によっても、右意匠登録出願前に存在していたことは認められず、引用意匠が最初のものである(《証拠省略》に現わされた意匠も、回転盤枠の周胴面こそ扁平円錐台環状であるが、その周胴面の前面に操作部を設けたものではない。)。

したがって、この点についての本件審決の認定に誤りはない。

(三) 右(二)のとおり、扁平円錐台環状の回転盤枠と周胴面前面の操作部を兼ね備えた意匠は、本件公報掲載の意匠の意匠登録出願前には存在していなかったのであるから、引用意匠及び本願意匠の新規な点についての原告の主張は、前提を欠き、失当である。なお、引用意匠の回転盤枠の周胴面下方の横線は、縁線を現わしたものにすぎず(本願意匠にもこの縁線は現われている。)、上方の横線は、接続面としての横線が現われているにすぎず、周胴面は、連続状の同一曲面であって、突出しているとはいえない。

本件公報掲載の意匠、その本意匠、他の類似意匠は、意匠に係る物品をダイレクトドライブ方式による「モーター付ターンテーブル」とする点で基本的に一致し、そのうちのターンテーブルの一部品である回転盤枠の周胴面に差異があっても、細部的な差異にすぎず、全体として相互に類似するものと判断されたものである。しかし、本願意匠は、意匠に係る物品を一部品たる「ターンテーブル」とする意匠であり、その区分の物品においては、回転盤枠の周胴面に操作部を設けたものと設けないものとでは、根本的に相違する。

(四) 両意匠が類似しないとする原告の主張は、右(二)及び(三)のとおり、前提を欠くから、失当である。

本願意匠において、回転盤枠を偏心のものとした点は、その一部分をありふれた形状のとおりわずかに改変をしたことにより、また操作部にパネル部材を設けた点は、一部分に薄板状のパネルを設けたことにより、それぞれ生じた部分的な差異にすぎず、本件審決記載のとおり、両意匠は、この種意匠の要部に差異があっても、「その差異は、引用意匠における全体の具体的な態様につき、著しく改変をしたと認められるほどのものではなく」、全体として相互に類似するものである。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(本件審決の理由の要旨)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、請求の原因三の本件審決の取消事由の存否について判断する。

1  (引用意匠をもって意匠法第三条第一項第二号所定の意匠とした点について)

まず、原告は、本件審決が、ターンテーブルとは非類似の物品であると被告の主張するレコードプレーヤーを意匠に係る物品とする本件公報掲載の意匠から、意匠に係る物品を「ターンテーブル」とする引用意匠を抽出して意匠法第三条第一項第二号所定の刊行物記載の意匠とし(、その結果同第三号を適用し)たのは誤りである旨主張するが、ある物品の意匠からその物品とは非類似の物品の意匠を抽出し、右刊行物記載の意匠とすることも、本件のように、全体の意匠の中で抽出されるべき意匠がそれ自体として具体的な態様を識別できるものである限り、別段差支えなく、許されるものであるから、右主張は、前提を欠き、失当といわなければならない。

2  (本願意匠と引用意匠の類否について)

次に、本件審決が、本願意匠は全体として引用意匠に類似するものであるとしたのは誤りである旨の原告の主張について判断する。

(一)  前記争いのない請求の原因一の事実並びに《証拠省略》によって認められる本願意匠の意匠登録出願の願書の記載及び願書に添附した図面代用写真、図面によれば、本願意匠は、意匠に係る物品を「ターンテーブル」とし、回転盤枠の頂面に円盤状の回転盤を設けてターンテーブルとしたものであって、その基本的構成態様として、回転盤枠は、その周胴面が傾斜面となるよう偏心の扁平円錐台環状のものとし、周胴面の前面(正面)側に鍔状のパネル部材を付加して操作部としたものであること、各部の具体的構成態様として、まず、回転盤枠の周胴面は、全周同一幅というわけではなく、操作部のある前面(正面)側が幅広くゆるやかな傾斜面で、後面(背面)側が幅狭く急な傾斜面である偏心の扁平円錐台環状としたものであり、操作部のパネル部材は、周胴面全周の約四分の一(約九〇度)を占める幅広の円弧状(扇形状)のものであり、上方(平面)から見て外周縁を周胴面の外周縁からわずかにはみ出させた態様で周胴面に積載付加されたものであって、その幅は周胴面とほぼ同じ、高さは周胴面よりわずかに低いものであり、その中央には横長の長方形状のストロボ窓を設け、左側にやや縦長の長方形状のスイッチ三個を連続して、更にその左方、左側縁寄りに少し間隔をあけて同一形状のスイッチ一個を各設け、右側上部に小円柱状のボタンスイッチを設けたものであること、回転盤の上面(平面)は、基本形状を円板状とし、その上面の中心部に小円を、その小円の外側から周縁まで、外側に向かうほど細幅となるよう、同心円状の細線複数本からなる帯状線四本(外周縁のものも含む。)を各配した回転盤シートを装着したものであることが認められる。

これに対し、《証拠省略》によれば、引用意匠は、意匠に係る物品を「レコードプレーヤー」とする本件公報掲載の意匠のうちの一部分である「ターンテーブル」を意匠に係る物品とし、回転盤枠の頂面に円盤状の回転盤を設けてターンテーブルとしたものであって、その基本的構成態様として、回転盤枠は、その周胴面が傾斜面となるよう扁平円錐台環状のものとし、周胴面の前面(正面)側を操作部としたものであること、各部の具体的構成態様として、まず、回転盤枠の周胴面は、全周同一幅の扁平円錐台環状としたものであり、操作部の中央には横長の長方形状のメーター表示窓を設け、その左右両側に、下方を環状とし、その中に小円柱状の突起を形成した同形の摘を左右各二個対称状に設けたものであること、回転盤の上面(平面)は、中心部を小円とし、その小円の円周上から周縁に向って等間隔放射状に、細線複数本からなる同一幅の帯条線六本を施したものであることが認められる。

(二)  そこで、本願意匠と引用意匠とを対比、検討すると、両意匠は、意匠に係る物品が一致し、回転盤枠の頂面に円盤状の回転盤を設けてターンテーブルとしたものであって、基本的構成態様のうち、回転盤枠が、その周胴面が傾斜面となるよう扁平円錐台環状のものとし、周胴面の前面(正面)側を操作部としたものである点で一致するが、本願意匠が回転盤枠を偏心のものとした点及び操作部として鍔状のパネル部材を付加した点、より具体的には、本願意匠における回転盤枠の周胴面は、全周同一幅というわけではなく、操作部のある前面(正面)側が幅広くゆるやかな傾斜面で、後面(背面)側が幅狭く急な傾斜面である偏心の扁平円錐台環状としたものであるのに対し、引用意匠における回転盤枠は、全周同一幅の扁平円錐台環状としたものである点、及び、本願意匠における操作部は、周胴面全周の約四分の一(約九〇度)を占め、外周縁を周胴面の外周縁からわずかにはみ出させた幅広の円弧状(扇形状)をした鍔状のパネル部材を積載付加したものであるのに対し、引用意匠における操作部は、そのようなパネル部材は何も付加されていないものである点において差異があり、その他、操作部におけるスイッチ等の具体的な形状、数、配置のし方及び回転盤の上面(平面)における回転盤シートの有無、形状、模様等の点において差異のあることが認められる。

(三)  ところで、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品であるターンテーブルは、その商品としての性質上、需要者によって主として上方あるいは前面(正面)斜上方から観察されるものであるから、上面(平面)及び前面(正面)の形状が看者の注意を最も惹きやすい要部であるというべきところ、《証拠省略》(これは、意匠を現わすべき物品をオルゴールとする意匠に係る昭和三一年二月八日出願、昭和三二年四月二四日登録の第一二七一七二号意匠公報であるが、その登録請求の範囲から明らかなように、レコードプレーヤーの形をそのまま現わしてオルゴールの意匠としたものであるから、ターンテーブルの意匠の分野における意匠水準の判断資料たりうるものである。)、《証拠省略》(昭和三六年頃原告発行の磁気円板再生機取扱説明書)、《証拠省略》(昭和三九年頃原告発行の円板再生機取扱説明書)及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、ターンテーブルの意匠の分野において、回転盤枠の頂面に、中心部に小円を施した回転盤を装着したものからなり、回転盤枠を、周胴面が傾斜面となるよう扁平円錐台環状としたもの、回転盤枠の周側面の基本形状を扁平四角錐台状とし、その前面(正面)側が後面(背面)側よりも幅広く突出するよう片寄らせて形成し、前面側に操作部を設けたものは、本願意匠の意匠登録出願前はもちろん、本件公報掲載の意匠の意匠登録出願前から既に、日本国内においてありふれた形状として知られていたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はなく、一方、本件全証拠によるも、扁平円錐台環状の回転盤枠の周胴面に鍔状のパネル部材を積載付加して操作部としたものが、本願意匠の意匠登録出願前に公然知られ、あるいは頒布された刊行物に記載されたとの事実は認められない。

これらの点も併せ考えて、両意匠における前記(二)説示の各差異について検討するに、本願意匠における扁平円錐台環状の回転盤枠が偏心のものである点は、右のとおり扁平四角錐台状の回転盤枠において周側面に片寄りを形成した意匠が既にありふれた形状として知られていたことを考慮しても、なお、引用意匠における全周同一幅の周胴面からなる回転盤枠と対比して、通常の円形を現わす回転盤の斉一性と対照的にその斉一性を打破る斬新さを感じさせるものであり、操作部を設けた鍔状のパネル部材は、看者の注意を惹きやすい周胴面前面(正面)の大部分を占め、引用意匠における操作部と対比して、スイッチ等からなる操作部にすっきりとした一体感を持たせるものであって、両意匠を全体として観察しても、これを偏心の回転盤枠と鍔状のパネル部材という本願意匠における特徴が相俟って、看者の注意を最も惹きやすい要部における著しい差異として、引用意匠とは異なる美感を起させるものであるから、両意匠は、前示のとおり基本的構成態様において一致する点があるとしても、別異のものとして印象づけられるものというべきである。

結局、本願意匠は、全体として引用意匠に類似しないものといわなければならない。

(四)  以上によれば、本願意匠が全体として引用意匠に類似するとした本件審決には、両意匠の類否の認定、判断の誤りがあり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は、違法として取消しを免れない。

三  よって、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋吉稔弘 裁判官 竹田稔 水野武)

〈以下省略〉

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